

古柴 房枝さん
移住相談員
移住希望者の「夢」を後押し
房総半島東部の千葉県いすみ市は2005年、夷隅、大原、岬の3町が合併して誕生した。旧大原町、旧岬町は海辺、旧夷隅町は内陸に位置し、海と山の魅力を一挙に楽しめるという地域性から、首都圏などから移住してきた住民も多い。
いすみ市から「移住相談員」を委嘱されている古柴房枝さんは埼玉県生まれで、27歳のとき旧大原町の豊かな自然に魅せられた両親とともに移住してきた経験を持つ。居住歴は20年を超えるだけに、地域の実情も十分に把握している。移住希望者にはさまざまな「夢」を持って移住を目指している人も多いが、古柴さんはじっくり相談に乗って夢の実現を後押しできるようなアドバイスを心がけている。
古柴さんの本職はアクセサリー作家。
「子どものころから、海岸に打ち寄せられた漂着物を拾い集めるのが好きで、それを素材にアクセサリーを作るようになりました」と語るが、最近はいすみ市の特色を生かした作品も手掛けている。
その代表が、いすみ市産のアワビの殻を素材にした装身具だ。アワビの貝殻は、アワビ自身が分泌する炭酸カルシウムの層が積み重なってできた「真珠層」で構成されている。この貝殻を丹念に削っていくことで、真珠色の美しいグラデーションが表面に現れる。

アワビの殻を素材にしたアクセサリー(古柴さん提供)
もちろん、アクセサリーにふさわしい素材に仕上げるには、それ相応の手間がかかる。「作業が終わると、貝殻の粉で工房の中が真っ白になる」ほどの作業が必要だが、古柴さんが納得のいくまで手を入れた作品の評価は高い。毎週日曜日に市内の大原漁港で開かれる朝市では、店先に出した貝殻アクセサリーが多くの方に購買いただくことも珍しくないという。
海の恵みはこれだけではない。いすみ市沖は、寒流(親潮)と暖流(黒潮)の交じり合う良好な漁場で、イセエビの産地として全国有数の漁獲高を誇る。大原漁港の朝市にも、新鮮なイセエビを求めて多くの人が訪れる。

多くの人でにぎわう大原漁港の朝市
「いすみ市のイセエビ漁は網を使います。漁の後、網の掃除や手入れの仕事を漁師さんから頼まれることがあって、そのお礼で分けてもらったお魚が、夕食のおかずになることも結構あります」と、いすみ市の海の恵みは住民の食卓を賑わすことも多いようだ。
内陸部の里山にも魅力が多い。古柴さんの自宅は、海岸から少し山側に入った山田地区にあり、ゲンジボタルの群生地として観光名所にもなっている「源氏ぼたるの里」も近い。古柴さんは自宅離れをゲストハウスにして民泊施設としても貸し出しているが、「春の大型連休後に始まるホタルのシーズンは、宿泊予約でいっぱいになるほどの人気だ。

いすみ市内陸部の田園風景。中央はいすみ鉄道の車両
古柴さんは、いすみ市の魅力はこうした豊かな自然だけでなく、首都圏からの「適切な距離」にあると分析する。
いすみ市は、千葉駅(千葉市)と安房鴨川駅(鴨川市)を結ぶJR外房線の沿線にある。市の中心部に近い大原駅は特急「わかしお」の停車駅ではあるものの、列車の本数は朝夕で1時間3~4本、それ以外の時間帯は1時間1本程度で、決して交通の便が良いとは言えない。
「でも、大原から5つ千葉よりの上総一ノ宮駅になると、列車の本数も増えて(首都圏への)通勤できるエリアになります。実はいすみ市から上総一ノ宮駅までは車で15~20分程度。駅の近くに駐車場を借りれば、いすみ市に住んで首都圏まで通うこともできます」という選択肢もあり、実際に首都圏に通う移住者もいるという。不動産物件の価格も上総一ノ宮周辺に比べ、いすみ市はかなり安く、移住先を探している人にとっては大きなアドバンテージになっている。

いすみ市北部の太東崎灯台から南方の風景。太東崎灯台は太平洋の水平線を一望できるスポットで、元日には初日の出を見ようと多くの人が訪れる。
古柴さんは自宅のゲストハウスを3年前から市の「お試し居住」の物件にも提供。利用した移住希望者の相談にも応じている。相談を受けるときには、「その方がどんな生活をしたいと思い描いているか、をじっくりうかがうようにしています。100人いれば100通りの夢があるので、それに近づくにはどうするのがベストかを、一緒に考えるようにしています」と、移住希望者の夢を後押しできるように考えている。
ただ、夢の実現にはさまざまなハードルもある。「例えば、古民家への移住を考えている人には、いきなり物件を買わず、まず借りて住んでみることを勧めます。いすみ市は自然が豊かですから、古民家の広い敷地の雑草取りが大変だったり、家の中に大型の昆虫が入ってきたりと、都会では思いもよらないことも起こります」と、移住後の生活についても親身になって相談に応じるのが信条だということだ。